肉でも食べようと、近所のコンビニまで歩いて行きました。これぐらいしか歩かないのはちょっとヤバイ。
白央篤司さんの「台所をひらく」を読みました。
主婦歴二十数年というのにさっぱり料理もできない私ですが、それでもうなずくこといっぱい、付箋紙を貼った部分を読み返しています。
料理に限らず、今まで家事に携わったことがある人には「そうそう」と思えるようなことばかりなのではないかな。
私が卵巣がんになってから、入院や治療のため家事ができないとき、家族(夫、息子2人)に協力してもらったのだけど、さほど料理ができるようになったとか、そういうことはなく(残念)。
ただ、それぞれがやりたい家事(例えば息子の1人はタマネギだけを具にしたチャーハンを作るのが好きである)に関わったことで、これはやりたい(その息子の例では、タマネギを刻むのは面倒ではない)とか、あれは面倒くさい、できれば省きたいというものについて、そうだよねえと言い合えることはあります。やったことがある人だけにわかる感覚?
思い出したこともいろいろ。
お弁当はマンネリ上等である
40ページ
マンネリとはちょっと違うけど。独身時代、時々はお弁当を作っていたのだけど、レパートリーがなく。そんなとき、同僚女子が焼きそばをお弁当にしてきた。ああ、そういう感じでいいんだと。焼きそば弁当は息子たちにもやった気がします。
「日常生活における補充、買い足し」って「大したこと」とは思われない。
104ページ
いつも使う物は、在庫が1つになったら買い足すよう、すぐメモをするようになりました。絶対忘れるから。私以外は管理しないもんなあ。ただ、「在庫なくなりました」と言ってきたりはするか。
そして、ちょっと違うけど、身内に頼まれた補充品、メモをもらって買いに行ったのに忘れたときの悲しさよ……。「ずきみちゃん、こんなこともできないのね」と思われているような気がして落ち込む。本人が買いに行けないから代わりに買いに行っているものではあるのだけど。
使い切れなかったり食べきれなかったりしたものを処分するときの申し訳なさの話も、ああ、みんなそうなのねと安心してしまった。私の料理下手なせいもあるけど、作ったものが残るのはしょっちゅう(私以外、わりと小食)。最近はあえて少なめに作ります。足りない分は自分で何とかしてくれい。既に皆大人なので。
本にはレシピが幾つか掲載されてよいです。白央さんのTwitter(@hakuo416)をフォローしているのだけど、レシピをよく紹介されるので、こちらもお薦め。
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