【腹ハク】2013年4月のこと、3

別ブログ「腹にハクがつきました。」から記事を移行。

2013年4月のこと、3

【過去日記】2013年4月22日

とうとう手術当日。

いたって元気だったんですが、メモ書きによれば、深夜から胃がシクシクとしていたようです(もう既に記憶がない)。緊張?

7時半ごろ、手術着に着替え。

8時ごろから点滴開始。
主治医の先生みずから点滴をされに来たのですが、数分奮闘し…。
「血管が細くて刺せません。手の甲に」
となりました。わーい! 初めて血管が細いと言われた!(か弱いイメージがついた!!)

9時10分ごろに手術室に行く予定だったので、母と夫には早めに来てもらっていました。
絶対待つほうが大変だよな。
準備で1~2時間、手術で5時間はかかると言われていたので、その間どうするんだろう?と思い、母にはコインランドリーでの洗濯を頼みました。
ずっと座って待っているのはつらいっしょ。

で、いざ手術室へ。
普通に歩いてGOですよ。ただし、業務用エレベーターを使い、階下の手術室へ。
家族も一緒にどうぞ、だったんですが、下りて、手術室の前で「ここまでです」と言われるのです。母は「テレビで見るのと一緒だわ~」と、手術室前の雰囲気に感動(?)していました。

ここで家族と別れ、手術室へ入ると…
スタッフが多い!
うわーっ、私の手術って何人がかりの大手術なのさ~!と1人興奮していましたが。
実際のところ、朝から3組の手術が入っていたようで、そのうちの3分の1の人員でした(笑)。
麻酔科の先生や担当の看護師さんたちからあいさつされ、あれよあれよで普通に歩いて手術室へ。

手術台にはもちろん自分で乗り、帝王切開のときと同じようにいろいろ器具を着けられ、硬膜外麻酔の準備。
2回経験はあるけど、今回は何だか痛かったわ~。なので遠慮せず「痛いです」と言う(おばちゃんなので遠慮しない)。
でも、ぐいぐいいろいろ刺されたりするわけですな。

その後、仰向けに寝かされ、テレビで見たりしてひそかにあこがれていた(笑)口に酸素マスク(?)を当てられ、「どうですか~?」と聞かれるけど、全然何ともないのです。
ここで本当ならストンと眠りに落ちるのかな?
そういえばぼーっとしてきたような気がしますと話した後から、さほど時間がたたないうちに記憶がなくなり、気付けば手術は終わっていました。

のどにチューブを入れられていたせいで声は出にくいし、眼鏡がないからよく見えないし、手術が終わったことはわかったけど、ただ単にきつい!でした。

目が覚めたら、ささっと病室に帰すようで、手術室を出、病室へ戻ります。
あまりにも私がつらそうだったのか、家族はもう帰しましょうね、みたいな会話があったように思います。
母と夫がやってきたのですが、声はあまり出ず、たぶんかなり真っ青な状態だったんじゃないかなあ。
母と夫に帰ってもらった後、義妹が来てくれたのですが、同じような状態だったんで、義妹もささっと帰りました。ごめんね~。

この晩はよくわからない痛みやら、吐き気との戦いでした。
何回もナースコールで看護師さんを呼んで、ゲーゲーしました(でも食べてないから、ほとんど出ないのよねん)。
明け方までうつらうつらしかできず、この日は本当に「もう家には帰れんかもしれん~」と弱気になってました。

ツイートより。

【病】点滴始まりました。喘息もちなんでステロイド付き。お任せして寝てきます(-.-)zzZ

【過去日記】2013年4月23日

手術後1日目。

このころはメモ書きもツイートもしていないから、うろ覚えです。
予定表を見ると、もう既に昼からおかゆと書いてある。そうだった気もする。
でも全然食べられません。また気持ち悪くなりそうだし、食欲はもちろんないし。

血栓予防のためのふくらはぎの器械は取れたかな。その後は弾性ストッキングとやら。今はこういう方針なんですね。
たしか左腹だけ痛みがあり、左足を伸ばしているとつっぱり感があって、いつも左足は膝立していたと思います。痛み止めの薬を注入してもらったり、飲み薬でもらったり。薬を取れば若干緩和されて、少し眠ったりしたかなあ。
この日もぐっすりは眠れず。

夫や母とは何とか話すことができるようになったはず。
母はその間、同室の患者さん(私より3日早く開腹手術を受けていた方)と盛り上がっていたなあ(笑)。

そうだそうだ。帝王切開のときもそうだったけど、麻酔が取れてくるときが苦手なようで、今回、麻酔が取れてきてもうろうとしているときに目をつぶると、なぜかAmazonのネットの画面が浮かぶという不思議現象があったのでした。

同室の先輩患者さんには笑ってもらえました(^^)

【過去日記】2013年4月24日

手術後2日目。
この日のメモ書きはしていないから、うろ覚え。

予定ではこの日に全部の装着物が外れる予定だったのだけど、痛み止めを追加したので、硬膜外のチューブとドレーンはそのまま。

点滴とおしっこのカテーテルは取れました。
トイレには自分で行けるのよ~。よろよろなんで、看護師さん付きですが。もしくは点滴台をお借りし、それにつかまりよぼよぼおばあちゃん状態で。

ずっと尿がたまっている袋の中身は赤いなあと思いつつ、薬のせいねと思っていました。
違う、あれは血尿なのねん、今思えば(笑)。
泌尿器科の診察のときに話をされているのをすっかり忘れていました。ステントのせいだ。

トイレに行ったら真っ赤な尿!
看護師さんは普通に「まだ赤いですか?」と聞いてきたから「赤いです」と答えましたが、血尿はしばらく続くのです。

ご飯は常食に。でもほとんど食べられませんでした。
この日あたりからメールが打てるようになってきたので、心配されているであろう方々にメールしたり、ツイッター見たり。

ツイートより。

【病】術後2日目の朝です。とりあえずメール打てるぐらいにはなりました。左腹だけ痛い謎の現象発生中です( ̄∀ ̄)

【過去日記】2013年4月25日

手術後3日目。

少しずつ夜は眠れるように。1時間とか2時間眠れるとだいぶ違う。
主治医の先生も看護師さんも、1日ごとによくなりますよと言う。たしかにそうなんだけど、左腹だけはずっと痛い。
夜も痛み止めをもらい飲んだりしていたはず。

この日、管が全部外れ、はれて自由の身に!!
シャワーもOKだったんですが、まだまだ腰が曲がっているおばあちゃん状態だったんで、この日のシャワーはやめました。臭くたって平気だもん。

主治医の先生は、「だんだんと背が伸びてくるんですよ(腰が伸びてまっすぐになるほどに)」と言う。
なかなか面白い先生のようで、このころから先生たちの観察も始まる(笑)。

夕方、息子の同級生のお母さんがお見舞いに来てくれました。
痛みは、話しているときは不思議と気にならないもの。あれこれ興奮しながら話しました。

そうだ。この日は部屋を移動しました。
産婦人科が大繁盛で、同室の先輩患者さんには打診があったのですが、まさかまだしっかりと歩けない私にまで移動命令が下されるとは(笑)。
さすがに車いすをお借りしての移動となりました。
全然別の疾患の病棟です。

ツイートより。

【病】おはようございます。夕べは痛みがあまりなくわりと眠れました(^_^)v 朝、痛み止めは飲みましたがっ。

【病】繋がってる管はあと2本。トイレはおばあちゃん状態でよちよちと行けるようになりました。お年寄りは大切に…

【病】予定では今日はシャワーOKですが、大丈夫だろうか? 臭くてもよいから楽したいわ。

【病】朝食は半分ほど食べました。一日ごとに回復していくんですですね~。腹の張りはいまひとつ。気分はよし。

【病】産婦人科大繁盛(?)でほかの科へ部屋移動予定。私、まだヨチヨチ歩行なんで車椅子手配。

【病】産婦人科満杯で別病棟へ。私、部屋の最年少だわ( ̄∀ ̄)

【過去日記】2013年4月26日

手術後4日目。

予定では29日退院。おそろしいわ~。こんなよちよちなのに(笑)。

このころだったか、もうちょっと前だったか。
なぜ左腹だけ痛いのかというときに、右の腹の感覚が鈍いことに気付きました。麻酔がまだ残っている感覚、何か布を1枚かぶせているような感覚(うまく説明ができませんが)。
どうも麻酔が右側だけ効いているようでした。
その証拠に、硬膜外のチューブを外したら、右の感覚が戻り、若干の痛みも出てきましたもん。

でも、その後はまた左だけ痛い。張ったら痛い。何が張るって、大腸?
特にほかの異常がないので、先生も様子見なのかな。

婦人科じゃない科では長期療養の方が多そう…と思っていたけど、昨晩は隣のおばあちゃんのベッドが大変なことに。
さらに、今日は別のおばあちゃんも大変なことに。

そう、おばあちゃんというか、年配者がわりと多いこの病棟、看護師さんたちの声が皆、でかいです。内容が筒抜けです(笑)。

でもね、おばあちゃんたちは我慢強いと思った。先生や看護師さんが来たとき、気丈に振る舞っている。でも、1人になるときつそうな声が聞こえてくる。
後から気付いたことは、廊下を看護師さん連れて歩いていたのはほぼ男性(おじいちゃん)でした。女性は1人でひょこひょこ歩いていた気がします。

おばあちゃんというか、女は強いわ。

この日は術後の初シャワー♪
思ったほどきつくなかったです。

今日は母が戻る日。
毎日来てくれてありがとう。家のこともいろいろやってもらって助かりました。

そして、また病室移動。今度は同じ病棟の別室。
前回の部屋で一緒だった先輩患者さんとまた同じになりました\(^o^)/

ツイートより。

【病】おはようございます(⌒~⌒) 病棟が変わり、隣のベッドではおばあちゃんが大変そう(輸血がどうとか)で、無事を祈りつつも、前日より眠れました。

【病】朝はわりと調子よく、昼から疲れが出るパターン続きました。腹はガスで張るし。開通すればすっきりしそうなんだけど。

【病】ご飯ちょっと食べた。酸っぱい系がうまかった(妊婦か?)。腹が落ち着いたらシャワー浴びるぞ!

【病】日曜から来てくれていた母が帰ります。もうすぐ飛行機飛び立つんですが、私の病室からは空港が見えるのだ(^w^)

【病】私が母の世話をせんば年なのに、わざわざ関東から来てもらいました。孫の弁当も作ってくれたらしい。恩返しは娘の元気な姿。

【過去日記】2013年4月27日

手術後5日目。

やっと出ました。便が。そして、さらに出た。
毎回、看護師さんや先生に「出ません~~」と言うのから開放されました^^;

さすがに血尿が続いたせいか、手術中の出血量が多かったのか、貧血と診断され、生まれて初めての鉄剤♪
妊婦中でさえヘモグロビン値が高く、先生に大笑いされた(←失礼な!)私からしたら、すごいことだ。
ちょっとか弱く見えるかも(気になるところは、そこ)。

ただ、副作用で吐き気が起こるかもと言われ、それだけが心配でしたが、私は大丈夫でした。

昼間、だら~~んとしていたら、息子の同級生のお母さんがちょろっと寄ってくれました(だらだら姿を見られた!!)。
今日は息子の試合があったのですが、送迎をお願いしていまして、その帰りです。
腹の張りは、人と話していると忘れてしまいます。うーん、そんなものなのか。

毎日、2回、腕に筋肉注射をされていたのですが、それは血栓予防の注射だったと今日知る(のんき)。万事こんな感じで、治療の内容や病気の内容を理解していない私です。

入院時からよくしていただいた同室の先輩患者さん。
何と! 思わぬつながりがあったことが発覚し、びっくりしました。
ああ、あのときのあの方がこの方のご主人だったのか…という。
さらに、先輩患者さんは、隣のご婦人の娘さんとも知り合いだったというのが今日発覚、縁って本当に不思議なものですね。

コインランドリーに行って洗濯をしたり、売店に買い物に行き、久しぶりに缶コーヒーを飲んだり、なかなかアクティブ(?)な1日。

今日は採血をしたのですが、私はボルタレンという鎮痛剤にアレルギー反応があることが発覚。
ほ~。知ることができてよかったです。

ツイートより。

【病】おはようございます。採血、採尿が済み、そして開通(^w^) もうお腹が張らないといいなあ。

【病】予定では明後日には退院なんです。身内はもうちょっと入院させてもらえといいますが、無理でしょ(笑) 家事はしばらく(さらに)だらけてやるぜ。

【過去日記】2013年4月28日

手術後6日目。
明日、退院なんて信じられません。

退院したらブログを作ろうと思いつつ、タイトルが決まらず。
でも、同室の方との「腹にハクがついたね~」という会話が気に入り、「はくがつきました。」というのは入れようと決める(暇だな、私)。

ずっと腹の張りがひどくて、胃のすぐ下からぱんぱんになっていたのですが、今日はそれがちょっと落ち着いた…
と思ったら、張りがなくなったところには段々腹が復活していました。よほど膨らんでいたんだな、私の腹。

退院前の診察にて。

内診、検査結果から見て、退院は決定。特に異常がないようでよかった(でも腹は張って痛いのよ~)。
腹水がちょっとたまっていて、その中にがん細胞があったとは言われました。
詳細はやはり病理検査をまたないとわからんそうです。早くすっくりしたいわっ。
次回外来時に説明あり。

何か質問がありますかと聞かれたので、「卵巣腫瘍を防ぐ方法はあるんですか」と聞いたら、「それはない」と即答。
不妊治療などでしょっちゅう検診をしていても見過ごすらしいし、毎回腫瘍マーカーを調べるというのも金銭的に大変、だったかな。

長く続いた出血は関係あったのでしょうかと聞くと、関係ないかも、だって。
全部取ってしまった今、あれが何だったのかは謎のまま。

ちなみに、手術の同意書に書かれていた手術の内容は

 腹式単純子宮全摘術 両側子宮付属器摘出 大網切除 尿管ステント留置術

たぶんこのとおりに済んでいると思います。大手術だったな、私。

明日、退院かあ。

ツイートより。

【病】おはようございます!予定では明日退院、今日の診察次第です。

【病】生まれて初めて貧血気味(いろいろ出てますから当たり前ですが)と言われ、ちょっとか弱く見えそうで嬉しい!

【病】でも、あんまり体重変わらなくて(何を摘出したのか?)、肌艶もよく見えるようで、きっとか弱く見えてない…

【病】周りの方々が優しすぎてたまらんわ~。私はできることをやるのみだな。

【過去日記】2013年4月29日

本日、退院。

祝日だし、会計からいつ請求が来るかわからんよな~とぼけーっとしていたら、朝食後早々に請求書がやってきました。まだパジャマなんだけど。

思ったより安かったです。高額医療費の手続きもしていたので、よかったわ~。

同室の方々にお別れをし、帰宅。

今日はゆっくりするぞ~。

入院中、うちの男子たちはいまひとつ戦力になっていませんでしたが、義母の友達(義母よりかなり若い)とかご近所さんとか義妹とか、いろんな方々に家事はお世話になりました。
これからもしばらく甘えます。

今回の入院で、筋肉が落ちました。私はもともと筋肉質でもないのに、それでも落ちました。
二の腕が振り袖でタルタル~というのはよく聞きますが、太ももが振りももになっていました。ふくらはぎもやわやわ。お尻の肉もなくて、正座をすると骨がごつごつ当たります。

歩かんばあきませんっ(今は無理だけど)。

手術後に体重を量ったら、ほとんど落ちていなくてショックだったんですけど(笑)、帰宅して量ったら体重が落ちていました。それだけ筋肉が落ちたのか、ただ単にあまり食べていないからか。

帰宅後、ちょっと落ち着いてから、たまっているであろうメールを受信。すごい数でなかなか終わらず。
その間、ちょっとネットで検索していたら、見てしまった余命率とやら。
ふーむ、ステージにもよるだろうけど、私のは悪いほうだろうなあ。がんだということを実感(今さらか!)。

それでもなるようにしかならん。考えてもようわからんし、ネット検索はしすぎてもいいことはないしなあ。
ただ、そういうこともあるだろうからと、家の中は少しずつ整理していこうと思いました。
(ただ単にとっちらかっているという話でもありますが)

それと、見舞いに来てくれた母が「私は2030年まで生きることに決めたんだよね」と言っていたんです。
それを考えると、私もあと17年は最低生きていないと。母よりは長生きしないとね。これが今のプチ目標。

ツイートより。

【病】退院しました! とりあえずのんびりします。

【過去日記】2013年4月30日

ダラダラと過ごす。
家事は人に任せ、私はお姫様気分~~♪
これは幸せなひとときです。私、ずぼら人間なので。

病気の人を見ると、無条件に応援したくなりました。敬意を表します。
海外公務をこなしている雅子様、頑張ってるよ、あなたは!!

昼間は録画した映画やドラマを消化。
今日は映画「テルマエ・ロマエ」とドラマ「ガリレオ」。
朝ドラの「あまちゃん」はほぼ毎朝欠かさず見ています(ドラマ好き!)。

・シンプルに生きよう(家族が困らないように)。
・ブログを作って稼ぐのじゃ(←と思って数年、稼げたことはほとんどない)。
・患者の会とか、入ってみようかな。
・取捨選択が変わる気がする。

などなど手帳にメモ書き。

手術後から睡眠時間は少しずつ延びていくようになり、夕べは6時間ほどまとめて眠れました。十分ですね。

腹ハク
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この記事を書いた人
ずきみ

卵巣がんサバイバー
再発×4の治療後、経過観察中(リムパーザ服用)

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